セリヌンティウスの物語3
先週出し忘れました。
「セリヌンティウス様」
気付けば牢の前に一人の男が立っていた。弟子のフィロストラトスである。長い前髪の奥で、眼光の鋭い目が光っている。
「お労しゅうございます。明日、あなた様と二度とお会い出来なくなるなんて。」
強く結んだ口元と、細い肩が震えている。深く悲しんでいるようにも見えるその姿。けれど、私は彼の本心を知っていた。
「いや、メロスは…我が友は、必ず帰ってくるだろう。」
「何を世迷い言を。自分の命を犠牲にしてまで、友を救う者などいるわけが…」
「いるのだ。それが、メロスという男なのだ。フィロストラトスよ、おまえに頼みがある。」
彼は悔しそうに歯ぎしりしてこう言った。
「あなたのご友人が帰ってこられるように助けよと言うことですか。そのようなことは…」
しかし言い切る前に私は言葉を重ねた。
「いいや違う。あいつが帰ってこないようにして欲しいのだ。」
「何を…おっしゃっているのですか。」
「そのままの意味だ。このままでは、メロスは私を助けるために戻ってきてしまうだろう。そして私の代わりに殺されるだろう。それにはあまりに惜しい男なのだ。ならずものを雇っても構わない。あいつを邪魔して、ここへ帰ってこられないようにしてくれ。」
フィロストラトスは信じられないものを見るように目を見開いた。
「あなたは、友を生かすために死ぬというのですか?」
「そうだ。おまえにとっても、その方が都合がよいであろう。」
「何のことやら…あなたは私の師匠様ではありませんか。」
「偽らなくてよい。お前にとっての師匠は、亡くなった親方だけだろう。お前は親方に人一倍目をかけていただいていたのに、年が若いと言うだけで後を継ぐことができず、一人目の弟子だったと言うだけで私が工房を継いだことを恨んでいるはずだ。お前の技量はすでに工房で一番だ。私が死ねば、次はお前にチャンスが回ってくるだろう。」
私がそう言うと、フィロストラトスは牢の鉄格子を握りしめて絞り出すように言った。
「そんな……そのような覚悟ができるなら、なぜ親方のためにしてくださらなかったのです。親方の処刑を止めに行こうとした私を、あなたは止めた。私は尊敬するあの方が亡くなるのを、指をくわえてみているしかなかった。それがどんなに辛いことだったか、わかりますか。」
「だからこそ、私は償わねばならん。やってくれるな?フィロストラトス。」
フィロストラトスはしばらく黙り込んだままだった。そして涙のにじんだ目で私を睨みつけた。
「私の今の師匠は、あなたです。弟子は師匠の命令を聞くことにしましょう。ご心配召されるな。人の意志など弱いものです。いくつか邪魔が入れば、死にに行く気などそがれてしまうでしょう。……私のように。」
聞き取れないほどの小さな声で最後の言葉を呟き、フィロストラトスは去って行った。